美鼻にならなければ美人にはなれない

人が顔の美醜を判断する時には鼻の形が重要になります。美鼻は美人の必要条件なのです。

美しい綺麗な形の鼻の人は、たとえ他のパーツが崩れていたとしても髪型や化粧によって簡単にごまかすことが可能です。かわいいは作れると言う言葉がありましたが、これは事実です。

しかし鼻の形が悪い人はその例外なのです。鼻以外の悪さは簡単に誤魔化せるのに、鼻は絶望的に化粧やファッションなどで綺麗に見せるのが困難です。その証拠にカバーできている有名人など誰もいません。

鼻の形を綺麗に見せるのはなぜ難しい?

目や口の形が悪くて悩んでいる人もいると思いますが、鼻に比べればマシです。鼻が変な形でブサイクな人の人生をvery hardとすれば、せいぜいnormal~hardの中間あたりでしょう。

その証拠に、一重でも二重にするのはノリをまぶたに塗りたくれば簡単です。歯並びが悪くて矯正しても、それを美容整形だという人はいません。エラや頬骨は化粧によって簡単に見た目が変わります。

それに比べて鼻が変な人はどうでしょう?まぶたの様にシワ一つつけれるだけで綺麗な形に早変わりとはいきませんし、病院で形を変えれば見る人によっては整形だと言われます。化粧で誤魔化すことも出来ますが、上の人たちに比べれば有って無いようなレベルでしかカバーできません。しないだけマシという次元でしか化粧は機能しないのです。

そもそも目なら目、エラならエラなどそのパーツのみが悪くても、他のパーツが美しければブサイクにはなりません。むしろ人によってはそれが魅力に転化する事もありえます。適度な崩れであるからこそ美しさを”かわいさ”に変わるのです。
しかし鼻の形が汚い人は、たとえ他のパーツが整っていてもブサイクです。さらにいえば他のパーツが崩れていたらただブサイク係数が加算されて悲しいことになるだけで、カワイイにはなりえません。美鼻=美人、鼻がブサイク=ブサイクな人です。

ファッションでブサイクは隠せる、鼻以外が原因なら

TVなどでブスにカテゴライズされた女芸人などが恋愛を語ったり人並みにおしゃれをしようとしただけで「生意気」「調子乗るな」などとツッコミを入れられるのが笑いとして無批判に確立されていることから分かるように、容貌の美醜で常に価値を判断される社会に我々は生きています。

容貌が醜い事、ブサイクな事は障害とは違った形でありながらも同じ成り立ちのハンデなのです。ブスはハンデなので給付金をもらいたいくらいです。財源は美人やイケメンに税金をかけましょう。美しさも資産なので、資産税の項目を一つ増やすべきです。

また仮に顔にハンデを抱える人同士が集まって心の痛みを共有した気になったとしても、鼻のコンプレックスを背負って生きる人たちだけはまったく別次元のハンデを抱えています。例えば鼻以外が醜い人はさっきも述べたようにごまかしが簡単にききます。たとえばみんなで繁華街などに小奇麗な恰好をしておめかしして出かけたときを想像してみましょう。他の人たちは割とみな綺麗になっているのに、鼻の形が悪い人だけはブサイクなままなのです。

同じ顔にコンプレックスを抱えた人同士で街に繰り出したときでさえ、他のブスは綺麗になっている中一人だけまるで取り残されたかの様にブサイクなのです。他の人たちは化粧や髪型でうまく悪い部分を隠していますが、あなたの場合はマスクをするくらいしかありません。絶対に浮きます。みんなだけナンパなどで声をかけられる中、一人放置される事もあるかもしれません。

同じように頑張っておしゃれしてきたとしてもこの落差です。コンプレックスを抱えているといっても深刻さの度合いはまったく違うのです。

ブスの原因を治すしかない

見た目をよくするための若者向けのファッション誌でさえ、目なり顔が大きいなりの対処法は載っけているのに鼻については扱っていないように思えます。きっと小手先のファッションでカバーするのがそれだけ難しいことが分かっているのでしょう。

結局のところ誤魔化しが効きづらいのだから根本的な解決を求めるしか無いのが現状です。ぱっと何か塗りたくったりしてインスタントに美人になれる甘やかされた他のやつらとは違うのです。そんな甘い選択肢は与えられていません。

ブスの原因となっている鼻の形を少しずつマシにしていくしかないのです。それこそ泣きながら、努力を続けるしか。

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